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コトノ出版舎の連載企画【わたしの移住体験記「住めば住みぬる」】その1

「移住」という言葉

 子供の頃から転勤が多かった私は、現在住んでいる多可町に越してくるまでは「移住」という言葉に馴染みがありませんでした。ここ最近の各自治体での移住に関する取り組みのブームのせいもあるのかもしれませんが、これまでは、転居をするのは「引っ越し」という言葉で表現することがほとんどで、私と同じように転居が多い生活をしている方の多くは、それが遠方や海外への移動であったにしても「移住」という言葉は使わないのかなと思います。その一番の理由としては、「引っ越し」には『また次もどこかに転居しますよ』というニュアンスが含まれており、逆に「移住」という言葉には『その場に永住するという一大決心をしてやって来ないといけませんよ』という、潜在的な意味合いがあるからでしょう。

 私が多可町に越して来て、早くも5年が経過しました。今は言われることが少なくなりましたが、越してきた当初は、いろんな人から「永住するんですか?」と聞かれました。これまではずっと借家住まいでしたが、今の家は持ち家ですし、とても気に入っている地域なので「永住するつもりです」とその都度お答えしています。ただ、実際のところは人生はどこでどうなるかは未知数なので、「分からない」というのが正直なところです。
 例えば、台風で屋根が全部飛ばされて家中の財産がすべてダメになったり、地震で家が全壊したりした場合、壊れた家を撤去して、この土地に新たに家を建てるという財力は我が家にはありません。また、妻は専業主婦なので稼ぎ頭の私が先に死んだ場合、彼女が一人でこの地で新たに収入を得る方法を獲得するのは難しいことでしょう。何とかそうできるように、今から準備をしてギャラリーの運営をしたり、その他、現金収入を確保する方法を模索していますが、一人でこの家に住むには大き過ぎます。
 そしてとても不可解なのが、「永住するんですか?」と聞いてきた方の息子さんや娘さんは、すでに都心部に出て仕事をしていたり、嫁いだりして出ていることがほとんどです。移住をして来る人には永住を求め、すでに長年この地で生活をしている人たちの次の世代の多くが出て行ってしまう。これは辻褄の合わない話ですし、今後、向き合わなければいけない大きな課題です。どの自治体でも同様だと思いますが、移住をして来る人たちはある一定数おられますが、それ以上に出ていく数が多いので減るという図式は、日本全体の人口が減るので止めることはほぼ不可能です。

 この地域に限らず、Iターンの移住者の多くはその地域の自然環境や文化、子育て環境の充実などが気に入って越して来るわけですので、逆に言うと、その部分が失われたり実際に住んでみて期待していたことに齟齬があると、そこに住む理由が無くなってしまいます。実際に、移住促進を行っている自治体の多くは、自然の豊かさや子育て環境の充実、起業のサポートなどを謳い文句にしてアピールをしている地域がほとんどです。住み続けているといろんな人間関係や仕事の関わりなども生まれてくるので、一概に単純にそうとは言い切れない部分もありますが、基本的は期待した移住生活が満たされなければ人は出ていくという前提の上で取り組みを行う必要がありますし、先住者のご子息たちが出ていって戻って来ないのも、当然それなりの理由があってのことです。
 日本という国は、職業も住む場所も自由に選ぶことができる国ですので、国内と言わず、若い内に海外にもどんどん出ていっていろんな経験をすれば良いと思っていますし、むしろそれは若いときにしかできないチャレンジかもしれません。都心部では、海外を市場にして厳しい競争の中で勝ち抜いてきた企業が数多くあり、言うなれば、人を雇用して今も存続している会社は、その時点ですでに社会の中での成功者と言えるでしょう。そうでなければ、会社はあっという間に潰れてしまいます。そうした厳しい切磋琢磨の中で働いた経験は、むしろ地方のビジネスにこそ活かすことができる伸びしろがこの国には残されているのではないかと感じています。

 これらの経験を積んだ人間が、自分が生まれ育った場所に戻って来たい、もしくはそこで地域に貢献できることが喜びとなる心の教育と、それを育む土壌が今後とても重要になってくるのではないかと思っています。そして、その地域が生き残りを賭けて取り組む姿勢として、その地域のアイデンティティをどこに見据えて未来を創っていくのかというビジョンを明確に打ち出すことができなければ、自然が豊かということを掲げておきながら自然が失われる開発を行ったり、創業のサポートが充実していると言いながらただお金をばら撒くだけの施策になり、長期的に人が住み続ける地域には成り得ないのではないかと感じています。

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